杉の香りに包まれる家。新築のお家に入ると心地よい香りがフワッと漂ってくることがありますね。今日ご紹介する「屋久島地杉」は杉の原型とも言われ、その成分や香りが強いのが特徴です。
また、杉なのに腐りにくいという驚くべき特性をもっているため、室内材としてだけでなくウッドデッキなどの外構材にも使用されています。しかもノーワックスというから驚きです。
しかし、そんな優れた特性がありながら建材として広く一般的に流通しはじめたのは、実はほんの5~6年前。林業は戦後最盛期を迎え、その後時代とともに衰退していたのです。それを再生させようと立ち上げたのが「屋久島地杉プロジェクト」です。
今回は、屋久島地杉の魅力だけでなく、プロジェクトやそれまでのストーリーをお伝えします。お話を伺ったのは屋久島の方々とともにプロジェクトを手掛けたチャネルオリジナルの家山さんです。
屋久島と、屋久島地杉とは
屋久島は、世界自然遺産の島、パワースポットやもののけ姫の舞台としても有名です。亜熱帯にありながら、ほぼ全域が山地で2000m近い山々があるため、多様な植物が観測されます。冬には積雪があり、春~夏にかけては海辺ではウミガメの産卵も見られるなど屋久島単体で北から南までの生態系がある希少性の高い島といわれています。
広く知られている「屋久杉(写真右)」は、樹齢1000年以上の原生のものであり、それ以外を小杉と呼びます。植林木となる「屋久島地杉(写真左)」は、本土の杉ではなく屋久島由来の杉のことを指します。今回は、この「屋久島地杉」についてお伝えしていきます。
まずは、屋久島地杉の魅力についてみていきましょう。
屋久島地杉の魅力
魅力1.香り
「杉の原型」という説がある屋久島地杉は、杉の中でも成分が濃いのが特徴。そのため、内装材として使われるとこのαセドロールという成分によって、気分がおちつくなどのリラックス効果が期待できるのです。
「仕事から帰宅して、屋久島地杉を使用した寝室に入ると、フワッとアロマが立つ」というユーザーの声があるそうです。
魅力2.防蟻・防ダニ
屋久島地杉は本土の杉と比べて、クリプトメリオン、β-オイデスモール含有量が高いため、殺ダニ効果、ダニなどの繁殖抑制効果が特に高いと言われ、精油成分にて室内のダニなどの繁殖を抑制する働きも考えられているそうです。
魅力3.耐候性が高い
「木は腐りやすい」という概念をひっくり返すのがこの「屋久島地杉」です。
屋久島は、空にダムがあるといわれるほどに降雨が多く(東京の約8倍)湿度が高いため、樹脂分(木の油)が多いのが特徴です。そのため腐りにくく防虫性も高いというわけです。
かつて「屋久杉」もこの耐候性の良さから高級屋根材として寺社建築の下地として使われていたようです(現在屋久杉は伐採禁止)。現在では、東北など雪の多い地域での需要も高く、ノーワックスでありながら雪解けの際に木が水をはじくという声も。
一方で建材としては魅力的ですが、裏を返すと扱いにくいということでもありました。樹脂分が多く乾燥に時間がかかる、加工がしにくいという点です。これらの点も屋久島地杉プロジェクトで解決して、製品化に成功しました。
魅力4.強度が強い
花崗岩が隆起してできた屋久島。花崗岩は杉にとって栄養分が少ないため、杉の成長が遅く、目が詰まった木になります。密度が高くなることで、丈夫な木になるというわけです。さらに、多雨による樹脂分の多さも強度の高い要因となっています。
強度を測るヤング係数というものがあり、屋久島地杉は全国の杉の平均より1.2倍の強度がでるという高い結果になっています。
(参考:チャネルオリジナル)
木材に加えられた「曲げの力」と、その時の木材の「縦歪みやたわみ」の程度の関係を表す数値のことで、数値が大きいほど(曲げ)強度が高い。)杉のヤング係数は一般的(全国の平均)的には70-80ton/cm2 であると言われていますが、屋久島地杉の強度(ヤング係数)は90ton/cm2 という高い結果になっています。
魅力5. まるで洋菓子のようなコントラスト
通常、杉の辺材(周りの部分)は白っぽく、心材(中心の部分)は赤っぽいのですが、屋久島地杉はこの心材が黒っぽいという特徴があります。樹脂分の割合が多く水分が少ないため、色味が強くなるそうです。
その風貌がなんだか洋菓子が並んだようにも見えるわけなんですね。これが強度・耐久性に優れていることの表れとなります。この黒と白のコントラストが美しく、屋久島地杉を楽しむポイントの一つだそうです。
一方、これだけの魅力を備えながら、屋久島地杉には切ない歴史がありました。
屋久杉の歴史と、屋久島地杉の切ないお話
天然林の「屋久杉」が、江戸初期には高級木材として扱われていた歴史にあるように、高度経済成長後の1984年伐採禁止になるまで林業が盛んだったようです。ほぼすべての屋久杉が伐採された後、自然保護の動きもあり、伐採禁止となった以降の林業は衰退します。
その後の林業の主流は、屋久杉のDNAを継ぐ植林木の「屋久島地杉」へと移りますが、用途は主にチップや合板で、歴史にあったような屋久島の杉の特性を生かした林業とは全く異なる形態になってしまっていました。
さらには、屋久島内での需要に関しても、島外の割安な材を使用することが主流だったため、島内の植林木は需要が高まらないまま、枝打ち(枝を伐採する林業における保育作業)されることもなく伐採期を迎えていたという状況がありました。
家山さんが屋久島を訪れたのはそんなタイミングの時。それまでのチャネルオリジナルは木材の流通が主体でした。なぜ、林業という分野が全く異なる事業へ参入しようとしたのでしょうか?それは、カナダで受けた"衝撃"が「想い」の基盤になっているようです。
「想い」の基盤になったカナダでの3つの衝撃
チャネルオリジナルを立ち上げる以前、木材を扱う商社にお勤めだった家山さんは、カナダ駐在時代に「カナダの森の在り方」に衝撃を受けたと言います。
衝撃1.天然林の在り方
通常、森は手入れ(間引き)が必要と言われていますが、天然林が手入れ(間伐)をせずに人工林のような間引かれた森になっていたことはそれまでの概念が覆った出来事だったそうです。つまり人が手をいれなくても自然共存の中で生き残り、何度も生き残り、自然とその生態系にあった森になっていたということに驚きがありました。この写真は、3~4種の樹種が「昔からの生態系のまま」残っている状態です。
衝撃2.natureに対する緊張感
植林は、素人がやってはいけないそうです。カナダの森での「数メートルの範囲内でもプロがその場所ごとに適した樹種を選んで、正しく植林を行う、葉っぱ一枚、枝一本を森の外へ出さない、犬一匹入ることも生態系を崩すことを意識する」というレベルの、森への緊張感の高さに衝撃を受けました。
衝撃3.森が黒字
林業だけでもなく、助成金頼みでもなく、ツーリズム(観光)、研究(水やバクテリアすべての生き物)対象として、お金を生む仕組みがあることに衝撃を受けました。
日本では、手入れの行き届いた美しい山の木でさえ、お金を生むのが林業のみのケースが基本であり、その美しい木でさえも一本いくらにもならないということもしばしば。 ここに、サーキュラーエコノミーへのヒントがあったということになります。
これらの衝撃は、家山さんの中にもともとあった想いをより強いものにしていきました。 それは、「ことさら『自然を守る』とか大それたことではない。自然をつくるのが人間かのような錯覚におちいることなく、『お互い様、かばいあって』自然の中で、自然とともにという立ち位置を目指したい。」というもの。
nature forest(自然林)からおりてくる、industrial forest(産業林)という考え方で、お互いがお互いの中で生きているということに繋がっていきます。
プロジェクト誕生
たまたま訪れた屋久島で、屋久島地杉に出会ったわけですが、そこでは切ない話にあったような、屋久島地杉の特性を生かした扱われ方ではなく、長い間チップや合板に加工されるだけのものだったという現実がありました。
そこで、在カナダ時代に抱いた想いが一気に膨れ上がることになります。そうして、想いの主軸でもあるnature forest(自然林)と、industrial forest(産業林)それぞれに意味を持たせる意味での「共生」を目指すプロジェクトが誕生したというわけです。
このプロジェクトは、単なる林業の再生だけではなく、「林業を通して山・川・里・人とともにバランスと、お互いに支えあう環境を目指すもの」と理解するほうが自然のようです。
具体的には、屋久島地杉の特性を生かした建材の流通によって、人がつながり、森が里や人とともに生き続けることができる社会を目指すものですが、その延長線上には地杉を使ってくれる人たちや、地杉を使わなくともプロジェクトから何かを感じてくれる人たちには、このプロジェクトに参加してもらっていると感じてほしいという想いも込められているそうです。
この点からも「緩やかに持続的に森と人全体がつながっている」ことがプロジェクトの本質と言えそうです。
大変だったこと
プロジェクトの過程で大変だったのは、地杉を流通させるための環境整備だといいます。それまでは、乾燥設備がなく、運び出しが体系的ではなかったそうです。
樹脂が多い屋久島地杉は固くてしなやかである一方、重く、自然乾燥では時間がかかるものでした。加工や運びだしにも苦労します。そこで、林業を営んでいた屋久島の3社と連携して、屋久島の杉をもう一度蘇らせようという仕組みを作りました。
1次加工センター(乾燥設備)を整え、加工し、木を運ぶといった作業を、島内でも完結する仕組みを整えたのです(※1)。
そこには、森林組合、島内の林業関係の支え、世界遺産チーム、生態研究センターなど多くの関係者のサポートがあって実現に至ったといいます。 (※1:今では、本土を含め6か所の加工製材所とアライアンスを結んでいます。)
このような背景があって、屋久島地杉が広く流通するようになっていきます。
そんな地杉が使われている事例をいくつか見てみたいと思います。
事例1
屋久島地杉「Deck Board」の施工事例です。
地杉の魅力で見たように、通常の杉と比較して油分含有量が多く、耐久性・耐候性に優れているため、防腐塗料なしで、デッキ材としての使用が可能です。安全性が高いだけでなく杉の持つ香りもそのまま活かすことができるので、デッキで過ごす時間がより一層リラックスできる空間になるというわけです。
事例2
こちらの事例は、屋久島地杉を採用した新町役場です。
地杉を活用するだけでなく、関わるモノ・コトすべて島内の力を集結して作られた町役場は林業の活性化の起点にもなっているようです。
これからの課題
プロジェクトにはまだ解決したい課題があるそうです。
加工センターで扱えない規格外の大きいサイズの地杉をどうするかが課題の一つ目です。せつない歴史という背景からも、人工林からでてくるすべての木に価値をのせたいという家山さんの想いがあります。
二つ目の課題は、植林による産業林(industrial forest)と自然林(nature forest)の両立です。産業林は産業林としてきちんと復興させ、そこの収益が「守るべき自然林」に還元されていくことを目指しているということです。
もう一つの屋久島地杉プロジェクト
この屋久島地杉プロジェクトを通して、木材関係者だけでなく、「森を見つめなおす」数々のアクテイビテイも行われています。コントラバス奏者、音楽デイレクターである松永誠剛氏、島内で数々の映像作品のコーデイネイトを行う田平拓也氏、そして音楽家、写真家による、「森の演奏会」「森の写真展」など。
「自然林」「産業林」の垣根なく、「感性」で森を感じることーそれもこのプロジェクトの一部です。
また建築家とコラボした「島に地杉のバス停を創る」ワークショップや、学生を中心とした「アロマ製品作成」なども行われています。
建材としての施工性・コスト・メンテナンス
屋久島の厳しい環境の中でじっくり育った屋久島地杉。それが自宅の床、壁、天井、柱、ウッドデッキにもなります。産地を知ることは必ずしも重要ではありませんが、家づくりで多用される木にこだわるケースが多いのは、床材など日々の生活に密着した場所だからに他なりません。天然木の足ざわりの良さや調湿作用から得られるリラクゼーション効果も見逃せないポイントです。
そして、この屋久島杉材は、ソフトウッドなのでウリン材などのハードウッド(固い材)に比べて施工性が高く、それでいて樹脂分が高いので腐りにくいため、ウッドデッキなどにもノーワックスで使えるという優れた特徴があります(頑張ればDIYでの施工も可能)。コスト面でもハードウッドに比較してメリットがあることが多い点も人気の理由です。
家山さんはよく、メンテナンスについて聞かれるそうですが、例えばウッドデッキでは10年間手入れをしなくても使うことは可能だそう。しかし、「何かあったときにメンテナンスでき、本物を大切に使い続けられる状態であることが大切なのではないかとも思う。」と話してくださいました。
プロジェクトを日常に
「このプロジェクトを知って頂いて、ただ直接地杉を使ってほしいということだけではなく、例えばいつものお買い物のついでに、『木のざわめきに耳を傾けてみよう』とか『ちょっと遠回りして池のあるところを通ってみよう』とか、そんな風に少しでも想いが届いたのであれば嬉しく思います」と、家山さん。人の耳ではキャッチできないような木々のかすれる音などにも癒しの効果があるのではないかとも言われており、そんな「自然とのリンク」も想いに込められています。
例えば「庭にグリーンを植えてみよう」と思えた時には、「もともとその土地にあった木や草は何だろう?とか考えてみるなども一つだそうです。そして「近所の神社にはそのヒントが残っていることがありますよ。」と教えてくださいました。
まとめ
建材としての屋久島地杉と屋久島地杉プロジェクトへの想い、いかがでしたでしょうか。家づくりで必要なのは、ライフスタイルを明確にすることと言われています。そのライフスタイルがこの屋久島地杉で叶えられそうならば、屋久島に想いを馳せて検討してみてはいかがでしょうか。
日々の生活でも自然を感じることができそうです。ゆっくりと持続可能な自然との共生を楽しみたいですね。
参考
九州森林管理局
チャネルオリジナルJAPANESE RED CEDAR
屋久島世界遺産センター
屋久杉自然館
屋久島町
取材協力:
チャネルオリジナル株式会社
代表取締役社長 家山英宜氏
設立:
1998年7月1日
事業骨子概略:
各種防火処理木材の開発
各種建築資材の開発・販売
各種建築資材の輸入販売
各種木材製品の開発・販売
各種木質エクステリア材の開発・輸入販売
建築工事・施工に関わる業務