典型的なアメリカの家と聞いてイメージすることのひとつに、オープンな一軒家の前庭に広がる青々とした芝生がありませんか?
郊外においては前庭はもちろんのこと、路肩やグラウンド、学校、公園や墓地などあらゆるところに芝生が敷かれています。また、世界中のアメリカ大使館や領事館では、アメリカらしさを表現するため芝生の庭が採用されています。
辺り一帯で芝刈り機の音が鳴り響き、スプリンクラーがキラキラ光りながら作動する光景は、春から夏にかけての風物詩のようなものです。日本でも、時に憧れを持って語られる、美しく整った芝生。しかし近年では維持に関する問題点が指摘され、この芝生大国にも変化が訪れつつあります。
ここではアメリカではなぜ芝生が一般化したのか、芝生お手入れの現状、また新たな視点の庭づくりへの考え方についてご紹介します。
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アメリカ人の芝生愛はこうして育まれた
まずは、歴史から見ていきましょう。
手入れの行き届いた芝生がアメリカで一般的になったのは、比較的最近のことです。短く刈り込んだ草を庭に敷くアイデアはもともと中世ヨーロッパの貴族の城で生まれ、1700年代にイギリスやフランスの富裕層の邸宅に取り入れられるようになったと言われています。
芝刈り機が発明される前の時代では、広い土地に手刈り用の人員、草を食べる家畜を所有できるという事が、富と財産の象徴でした。
移民の流入とともにその文化もアメリカに持ち込まれることになりますが、ヨーロッパのエリート意識が反映された芝生は、一部の上流階級の人々のための贅沢と見なされていました。
1800年代初頭、園芸に熱心だった第3代大統領トーマス・ジェファーソンは、現在世界遺産にも登録されている私邸モンティチェロに、ヨーロッパ式の芝生を取り入れました。
しかし西側芝生エリアの最古のイメージ画像からは、雑草が生い茂り、荒れ果てた表面であることが見てとれます。芝生へ肥料を与えるように指示されたモンティチェロの監督者が、誤って炭を敷き詰めてしまった、などというユニークなエピソードも残されており、アメリカにおける初期の芝生管理の苦労が伺えます。
その後、芝刈り機の開発と進歩、水撒きに欠かせないガーデンホースの普及、1900年代初頭からのゴルフ人気の高まりとともにアメリカでの生育に適した品種が研究されたことなどから、徐々に芝生が現実的な選択肢になっていきました。
庶民への普及の決定打となったのが、第二次世界大戦直後、ニューヨークの郊外ロングアイランドで売り出されたレヴィットタウンと呼ばれる大規模な建売住宅です。芝生付きの前庭を売りにした、手頃な価格のクッキーカッター(*)住宅が、復員兵の若いカップル層に大ヒット。
芝生付きの家を持つことはアメリカンドリームの象徴となって広がり、全米各地の郊外住宅の設計に取り入れられるようになりました。
*クッキーカッター:型抜きクッキーのように画一的という意味でアメリカの大量生産型の家に対して使われます。
アメリカでの芝生のお手入れは?
芝生のお手入れ
いざ手に入れた夢の芝生付きマイホーム。ですが、美しい状態をキープするためには努力と気配りが求められます。
暖かい季節には週一回の芝刈り、朝晩2回の十分な水やり、エッジの処理、雑草の除去、枯れた部分には種を補充したり肥料を撒かなかればなりません。秋が深まる頃に成長は鈍化しますが、土地の広いアメリカにはたいがい大きな木が近くにあって、大量の落ち葉が芝生の表面を覆いつくすため、強力なブロワー(送風機)を使って落ち葉を集め、ゴミに出す作業も必要です。
お手入れは誰がするか?セルフ?ランドスケーパー?HOA?
DIY大国でおうち仕事が大好きなアメリカ人の中には、本格的な道具を揃えてこれらを喜んでする人もいれば、ランドスケーパーと呼ばれる専門業者と契約して全てお任せする場合もあります。また、地域によってはHOA(Homeowner’s Associationの略。管理組合のようなもの)に支払う費用の中に、前庭の整備が含まれるケースも。
いずれを選んでも、多大なコストや労力がかかるものなのですが、万が一これを怠って芝生を伸び放題枯れ放題にしてしまうと、HOAからメンテナンスを催促する書面が送付され、改善が見られなければ罰金が課される可能性もあります。
エリア不動産価値とは?
美観の維持がその地域一帯の不動産価値を高めることに繋がっていて、常に近隣住民とHOAによる監視にさらされているような状況のため、真面目に取り組まざるを得ません。日本でも特定の地域にある協定のようなもので景観が守られているということですね。
芝生大国アメリカの問題点、環境への配慮とは?
近年、この芝生にかけられる手間暇が執着・強迫観念(obsession)とも表現され、疑問の声が上がり始めています。
アメリカ全土に敷かれた広大な芝生は、他のどの農作物よりも水を必要とします。合成農薬による土壌汚染や、ガソリンを使う芝刈り機による大気汚染も問題視されています。また、芝生の種は歴史的にヨーロッパやアフリカからの外来種であり、その土地由来の自然なものではありません。
そのため、気候や土壌に最も適した丈夫なネイティブの野生植物に置き換えて自然な草地を形成し虫や動物の往来を楽しんだり、土で覆って無農薬の野菜や果物などを育てることで無駄なエネルギーを排除し、環境に配慮しようとする動きが高まっているのです。
まとめ
古い習慣や植え付けられた価値観を否定することは容易ではありません。しかし昨今の世界的な環境保護のトレンドからも、アメリカの住宅地における芝生の在り方は今後、形を変えていくのかもしれません。日本で芝生を導入しようとすると気候なども異なり、メンテナンスにより労力を使うと聞きます。アメリカでの理想の前庭が変わってきているように、環境や土地に配慮した庭づくりというのもこれから必要な視点となりそうです。
writing: チチ
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